「子どもというのは、バカで、何をするかわからない」こんなことは、かつては常識だったわけで、未熟で何をするかわからないからこそ、
教育しているわけです。
物事の道理からすれば、ひとりで数十人のバカの行動を、すべて監督するなど不可能なわけです。
また、そのようにしつけのなってない子どもに育てた親にも相応の責任があるわけで、かつてはこのようなことがあれば、教師は、おのれの不注意と、子どもの愚かさに涙し、親は、学校で騒ぎを起こした責任を感じて、学校に謝ったものです。
さて、今回はどのような経緯をたどるのでしょうか?
校長が遺族に謝罪など、本来全く必要のないことです。
担任は、どのような仕事ぶりだったかわかりませんので、現在のところは何とも言えません。
遺族の悲しみは深く、やり場のない憤りを感じていることでしょうが、それを学校に向けてほしくはありません。
事故は事故です。
それ以上でもそれ以下でもなく、どんなに注意していても起きます。
昔の人は、それを
天寿と言いました。