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246:3AM/稲垣潤一

 「最近はどう? 浮いた話はないの?」
 俺は聞いた。
 晴美と会うのは、8年ぶりだった。
 「ないわねえ・・・・もうおばちゃんよ」
 「そんなことないよ・・・」
 俺は言って、晴美を見た。
 晴美は、じっと、正面から俺を見つめて言った。
 「そういう言葉を、あなたが8年前に言えたらね・・・・」
 溜息をひとつついて、晴美は外を見た。
 あわただしく歩く勤め人や、わいわいしゃべりながら、だらしなく歩いていく学生達が見える。
 「シャイなんだよ。ことが済んでからでないと、好きだなんて言えないんだ」
 「済んでも言わなかったくせに・・・・」
 外を見たまま含み笑いをした後、晴美はカップを取り上げ、冷めたコーヒーを口に運んだ。

20050511003412.jpg

 「この前、友達が転勤になったんで、見送りに行ったんだ・・・」
 「男か?」
 「そう・・・・絶対来てくれって言うから、仕方なく行ったら、急に『一緒に来てくれないか』だって・・・・」
 自慢話でも何でもなく、ラーメンがうまかった話と同じように、晴美は話していた。
 「この前の、間違い手紙の男か?」
 晴美は、俺宛の封筒に、別の男への手紙を入れてよこしたのだ。
 他愛もない内容ではあったが、相手の男が、慶応出の、エリートサラリーマンであることはわかった。
 「ここで話すってことは、断ったのか?」
 俺は聞いた。
 もちろん、平然としたフリを装いながらだ。
 「だって・・・・・」
 と言って、晴美は言葉を切った。
 彼女が、何を言いたかったのか、わからないくせに、俺はそれを聞かなかった。

 晴美はそのころ、月に1回は、誰かにプロポーズされていた。
 付き合いのいい女であるから、シャイな男が誤解するのも無理はない。
 当然、俺もそのひとりだと、勝手に思っていた。
 そう思っていながら、あきらめきれずに、デートに誘い、何も言わずに別れた。
 そうしているウチに、晴美は、プロポーズの話をよくするようになった。
 先月は、郵便局員、その前は同僚、その前は・・・・・得意先の独身社長。

 「恨んでるわよ」
 晴美は言った。
 「25までは、待とうと決めていたの」
 「何を?」
 俺は聞いた。
 晴美は、またひとつ吐息をつき、
 「相変わらずねえ・・・」
 と言って、笑った。
 「俺のプロポーズか?」
 まさかと思いながら俺は聞いた。
 「知らない」
 晴美は言った。
 「だって・・・・どこをどう見たって、俺を選ぶ理由がない・・・・三流私大出の、さえない斜陽産業に勤める、チビの勤め人だぜ・・・・慶応でもない、国家公務員でもない、モデルでもない、人気企業に勤めてるわけでもない・・・・ファッションのセンスがあるわけでも運動神経がいいわけでもない・・・・ましてや将来出世するようなタイプでもない・・・・」
 『コンプレックスの固まりだな・・・・俺・・・・』
 少し自分が嫌になった。
 「女が男を待つのに、理由なんかないよ・・・・私はとにかく待ってたの」
 晴美は懐かしそうに言った。
 「それから、モデルの話は嘘よ・・・見栄を張っただけ・・・」
 ということは、後の話は全部本当だったのか・・・・

 店を出て歩いた。
 「よく歩いたわよね」
 晴美は空を見上げて言った。
 秋空が、底なし沼のように見えた。
 「最初が井の頭公園だったかな・・・・一周したもんな・・・」
 「ちょうど今頃だったかな・・・何話したんだろうね・・・・・」
 晴美は笑った。
 それから、新宿の街、新宿御苑神田神保町吉祥寺、湘南海岸・・・・皇居なんて時もあった。
 ただひたすら、ふたりでしゃべりながら歩いたのだ。
 お腹がすいて、食事して、喉が渇いて、喫茶店に入り、そしてまた歩いた。
 「あの日、私はひとりで歩いたのよ」
 唐突に彼女は言った。
 「あの日・・・?」
 「婚約した日よ」
 「ああ・・・・」
 俺は思い出した。
 俺は最後の抵抗を試み、玉砕した。
 晴美は納得ゆくまで待ち、気持ちを切り替えてしまったのだ。
 「真っ暗な道を、ひとりで歩いたわ・・・・」
 高架橋の上で立ち止まり、線路を見下ろしながら晴美は言った。
 「だから送るって言ったのに・・・・」
 俺は言った。
 そう言う俺の唇に人差し指を押しつけ、言葉を封じて駆けだしたのは、晴美の方だ。
 「そうね、そのときは、そういう気分だったのよ」
 晴美は明るく言って、また歩き出した。

 テイクアウトのピザ屋で、晴美はナスのピザを頼んだ。
 「娘が好きなのよ」
 少しはにかんで、彼女は言い訳するように言った。
 そして店を出ると、すぐタクシーを拾い、手を振りながら乗り込んだ。
 あっという間の出来事だった。

 『俺が言わなかったんじゃない。
 おまえが言う暇を与えなかったんだよ』

 タクシーのテールライトに、俺は言った。
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