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イパネマの娘/S・Getz & J・Gilberto

 水着になった彼女は、見事なほど胸がなかった。
 「ごめんね、ぺちゃんこで・・・・・」
 俺の視線を感じてか、久美子は申し訳なさそうに言った。
 周りには、平日ということもあり、若いカップルの他には、ほとんど人はいない。
 まるで、水着コンテストだ。
 男は、素知らぬ顔で隣の女を見ている。
 女は当然、知ってて知らぬふりをしている。
 立場を変えれば、男も比べられているはずだが、女はそんなことはおくびにも出さない。
 「何言ってるんだよ、いまさら・・・・」
 俺は言った。
 初めての水着姿ではあったが、だいたい予想はついたことだ。
 「それから、ビーチバレーはやめてね」
 「なぜ?・・・・・バレーは得意じゃなかったっけ?」
 俺は聞いた。確か中学のときはバレー部だったと言っていたはずだった。
 「あのね・・・・・」
 久美子は声を潜めて、俺の耳元でささやいた。
 「両手をバンザイすると、ブラがずり上がってくるの・・・・・」
 俺には、慰めの言葉もなかった。
ipanemas.jpg

 考えてみれば、それぞれ海に行きたくない事情がある。
 俺の方は、体型は筋肉質ではあったが、透き通るようなモチ肌であるうえに、金槌だった。
 久美子の方が肌は黒く、泳ぎもうまかった。
 なぜ初めての遠出に海を選んでしまったのか、自分でもよくわからない。
 強いて言えば、アストラッド・ジルベルトのせいだ。
 あの悩ましい歌声で、俺を海に誘っていたのだ。

 『この夏、海に行かなきゃ、どこにいくというの?』

 情景に乗せられて、現実を忘れるのは、よくあることだ。
 それに、ここはイパネマじゃない、九十九里だ。
 貧相な海の家が、憂鬱な気分に拍車をかけた。

 夕立がそんな気分を救ってくれた。
 俺は久美子と手をつなぎ、砂浜を走った。
 どうせ濡れているのだから、走らなくてもいいようなものだが、人は夕立のときは走るものだ。
 帰りの車の中で、彼女はくすくす笑ってばかりいた。
 足が砂だらけだと言って笑い、俺のくだらない冗談に笑い、夕焼けがきれいだといって笑った。
 「きれいだね」
 雨上がりの町並みを見て、久美子は言った。
 もう、夕暮れが近づいている。
 「こんな幸せな気分って、久しぶりだよ」
 彼女は言って、窓を開けた。
 夕日を浴びて、路面も、車もキラキラ光る。
 風が吹き込み、少しウェーブのかかった長い髪がうしろになびいた。
 こんなに女性が綺麗に見える時間はない。
 「イパネマだって、こんなに・・・・・」
 「え?」
 「なんでもない」
 言いかけてやめた。
 こんなときこそ、言葉より、ゲッツのテナーがいい・・・・・・
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