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真夏の果実/SOUTHERN ALL STARS

 待ち合わせには時間があった。
 俺は地下の店でも眺めてこようと、下りのエスカレータに向かった。
 少しくたびれた仕事用のスーツに身を包んで、両手をポケットに突っ込んで歩いていると、上りのエスカレータから降りてくる遥香が目に入った。
 遥香は俺に気がつき、ゆっくりと歩き出した。
 俺は一瞥もくれずに、彼女のそばを通りすぎた。
 5、6歩ほど歩くと、俺の右腕の輪の中に、彼女の手が差し込まれた。
 「ようこそ、久しぶり・・・・・」
 遥香は言って、歩きながらにっこり笑った。
 昔と変わらぬ笑顔がまぶしかった。
 「早かったね」
 俺が言った。
 少し照れているのが自分でもおかしかった。

 「チェックインは済ませておいたわ、ねえ、映画見に行かない?」
 「『いちご白書』じゃないだろうな」
 彼女は笑った。
 俺のくだらない冗談に、よく笑ってくれるのが嬉しくて、俺は彼女と付き合っていたのだ。
20050506163609s.jpg
 遥香は、人の悪口を言わない女だった。
 ほめようがない無惨な映画を見ても、
 「楽しかったね」
 と言った。
 「おもしろかった」でもなく、「よかった」でもない。
 俺と一緒だから・・・・・と言う意味だ。
 その気遣いが胸にしみる。


 チェックアウトの時間が迫っていた。
 俺はバスルームから出て、遥香の方を見た。
 姿が見えず、ラジオの曲にあわせてハミングする声だけが聞こえる。
 彼女は、テレビは見ない。
 その代わり、部屋にいる間中ラジオを付けている。
 それも一晩中、寝ているときも・・・・・

 遥香はソファーにうずくまって、爪の手入れをしていた。
 薄いピンクのマニキュアが、弱く光っている。
 彼女はふいに手を止め、近くにある都庁を眺めた。
 「前に来たときは、まだなかったよね」
 下着のまま窓辺に立ち、遥香は言った。
 「6年も経てば、景色は変わるさ、ここは新宿だからね」
 俺は言った。
 真紅のキャミソールが、まぶしかった。
 ラジオからは「真夏の果実」が流れている。

 遥香は振り返り、笑顔になった。
 しかし、その笑顔に、無邪気さはない。
 6年の歳月は、きれいなだけの少女の顔に、虞れと不安を塗りつけていた。
 「また、会える・・・・かな?」
 と、彼女は言った。
 目に涙が光った。
 見る間に涙の粒は大きくなった。
 瞼からあふれ、頬を伝って落ちるのを、俺はじっと眺めていた。
 遥香は、変わらず微笑んでいる。

 俺には、答えはなかった。
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