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HOTEL PACIFIC~ホテル・パシフィック/SOUTHERN ALL STARS


 今も、夏のむせるような空気を吸い込むと、その日のことを思い出す・・・・・・

 を出て狭い階段を上り、歩道に出るとすぐ、碧は車道に向かってよろよろと斜行し始めた。
 その日の太陽はあまりにまぶしく、俺でさえ立ちくらみがしそうだった。
 俺はあわてて彼女の腕をつかみ、引き寄せた。
 青い顔をした碧は、急に我に返ったように俺の顔を確認し、肩により掛かってきた。
 「ふう・・・・・気絶してた・・・・」
 彼女の髪からは、シャンプーの香りに混じって、今飲んだばかりのコーヒーの香りがした。
 豆樽の中のようなあの店に1時間もいれば、においはすぐにはとれない。


HOTELs.jpeg

 碧は極度の貧血で、生理不順、おまけに外反母趾で、過食症・・・・
 若い女性の悩みのデパートのような女だった。
 「どっかで休んでいくか?」
 俺が訊くと、彼女は蒼い顔でいたずらっぽく微笑み、
 「本当に寝てるだけじゃだめなんでしょ?」
 と言った。
 「低血圧にはちょうどいい運動なんだけどな」
 俺は残念そうに答えて歩き出した。
 彼女の表情からすれば、『今日はだめ』ということだ。

 二人の乗った車は白山通りを南下し、横浜方面に向かっていた。
 やっとエアコンが効いてきてはいたが、ハンドルはまだ熱かった。
 「鎌倉だっけ?」
 俺は訊いた。
 行く先の主導権は、いつも碧にある。
 「大仏様ね!・・・・ホントは夏の湘南には行きたくないけど、でも夏に行かなきゃ、意味ないのよねえ」
 訳のわからないことを言って、碧は小さく笑った。
 でも彼女の言いたいことはわかった。
 昔から湘南を知っている人は、みんなそう思っているのだろう。
 
 シーズン中にもかかわらず、車はたいした渋滞にも遭わないで鎌倉に入った。
 碧は、鎌倉の大仏の前でソフトクリームを食べるのが目的だった。
 彼女の趣味だ。
 「なぜソフトクリームなの?」
 と問うと、
 「大仏とソフトクリームは、切っても切れない関係なのよ」
 彼女はそう答えた。
 「????」
 説明になってはいないが、いつものことだ。
 これ以上の質問は無駄だ。

 広場には、あまりの暑さのせいか、ほとんど人はいなかった。
 俺は碧の言うとおり、ソフトクリームを舐めながら大仏を眺めていた。
 当の碧は、自分のソフトクリームを俺に預けたまま、カメラを買いに行っていた。
 溶けかけたアイスクリームが垂れてきそうだった。
 彼女が俺を呼ぶ声が聞こえたので、振り向いた。
 売店の方から、ノースリーブの縦縞のブラウスに、金鎖の飾りが付いている紺のタイトスカートをはいた碧が小走りに歩いてきた。
 ヒールが邪魔で、駆けることができないのがもどかしそうだった。
 そのとき俺は、彼女が石畳に躓き、よろめくのを見た。
 手を差し出しながら、斜め前方に倒れる様子は、とてもゆっくりに見えた。
 ソフトクリームを放り出して駆け寄ると、彼女は手のひらと、肘と、膝の外側を擦りむいていた。
 すでに血がにじみ、ストッキングは破れてる。
 「いたいよお」
 子供のように彼女は言った。
 肩を貸して立たせてはみたが、すぐに歩くことは無理だった。

 ベッドの上で、氷で膝を冷やしながら、碧は天井を見上げていた。
 俺は窓辺で、目の前の港を眺めていた。
 予約はなかったが、旧館のダブルなら空いていると言われてとった部屋だった。
 マッカーサーが滞在していた部屋が近くにある。
 「今日は泊まりだね」
 俺は言った。
 「はじめからそのつもりのくせに・・・・」
 碧は言って、痛めた方の足を上げた。
 そして意味もなく両足をバタバタさせた。
 ストッキングがはずされたガーターベルトが、がちゃがちゃと音を立てた。
 下着が丸見えだ。
 「でも、旦那になんて言うかな・・・・」
 彼女はつぶやいた。
 「え・・・・?
 ゴルフじゃなかったの?」
 驚いて俺は訊いた。
 「嘘に決まってるじゃない。そう言わなきゃ、あなたも楽しくないでしょ?」
 平然と彼女は言った。
 「問題は、旦那よりうちのママなんだけど・・・・もう感づいてるのよね。
  昨日も釘を刺されたし・・・・」
 起きあがってベッドの端に座り、今度は俯いたまま、彼女は言った。
 俺には、何も言う言葉はなかった。
 『俺の方がつきあいは古いんだ!』
 そんな言葉を誰に言えるというのだ。

 もう帰らない日々が、二人の間には多すぎた。
 ワインが苦かったのは、選び方を間違ったせいだけじゃない。

 帰りの車で、FMから流れるサザンの曲を聴きながら、碧は泣いた。
 「2番目の人と暮らすのって、ひとりでいるより寂しいのよ・・・・」

 今なら、その言葉の意味がよくわかる・・・・・・
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