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栞のテーマ/SOUTHERN ALL STARS

 妙に静かな朝だった。
 もうろうとした意識のまま、時計を確認すると、すでに短針は8を指している。
 「やばい!」
 ひとりで叫び、シャワーを浴びようと、バスルームに飛び込んだ。

 待ち合わせは9時だ。
 新宿までの移動時間は約40分・・・・20分で支度をすれば間に合う。
 有希恵はもう出かけたはず・・・・・・
 と、その時、バスルームの電話が鳴った。
 外線からだった。
 ここにかけてくるのは一人しかいない。
 「おはようハニー。子馬は元気か?」
 俺はいつものように、くだらない挨拶をした。


20050506162356.jpg
 「何バカなこといってんのよ。子馬も外へ出られないわよ」
 有希恵の返事にはトゲがあった。
 「何のこと?」
 「まだ寝ぼけてるの。外を見なさい!」
 そう言われた俺は、あわててバスルームを飛び出し、カーテンをあけた。
 一面の銀世界だった。
 時は弥生3月、明後日は4月になろうという日だ。

 「うそだろ・・・・」
 しばらく絶句し、俺は電話に戻った。
 「雪だ・・・・」
 間の抜けた返事をした。
 「そうよ、ここなんか停電で真っ暗よ!」
 「いまどこ?」
 「とりあえず家にいるけど、どうにかしていくから・・・・」
 と彼女は言った。
 これが、この女の恐ろしいところで、行くと約束したら必ず来る。
 一度などは祖父の通夜をぬけだしてきたこともある。
 「だめだ!家を出るな。危険だ、電車も止まってるぞ!」
 俺は叫んだ。
 ついでにテレビを点けていたのだが、中央線はストップしている。
 しかも雪はまだ降っていて、今後の振り方次第では、俺自身が帰れなくなる危険もある。
 「俺も帰るから、おまえも今日は家にいろ!来月また来るから・・・」


 特急電車は定刻1時に出発し、俺は胸をなで下ろした。
 改めて車内を見回すと、雪のせいか、比較的すいていた。
 俺の隣は空席である。
 外では、約30センチほどの積雪が街を覆っていた。
 俺は弁当を取り出して食べた。

 次の駅で、車内のアナウンスが、非常事態を告げた。
 定刻から2時間たっても、電車は動かなかった。
 すると、前の座席に座っていた、髪の長い女性が、背もたれから首を出し、あたりを眺めはじめた。
 そして、こちらを見ると、ほっとしたように笑顔になり、話しかけてきた。
 「あの・・・・座席・・・・向かい合わせにしていいですか?」
 見ると、高校生くらいの少女である。
 あどけない感じはあったが、目鼻立ちは良かった。
 もちろん断る理由はない。
 というより、願ってもないことである。
 座席を回してあげると、しばらく不安そうに荷物をかき回したり、雑誌を見たりしていたが、やがて、
 「どちらまでですか?」
 と尋ねてきた。
 俺が駅の名をいうと、彼女は安心したように、
 「良かった。わたし○○までなんです。よろしくお願いします」
 と言った。
 彼女の駅は俺より近い。

 「高校生?」
 と俺は聞いた。
 「ハイ!」
 と元気よく彼女は答えた。
 「予備校の講習が終わって、帰るところだったんです。そしたらこんな雪で・・・びっくりしました」
 彼女は言った。
 現役で東京の予備校に通うというのは、よほどの学校を目指すのか?と俺は思った。
 しかしその疑問は、彼女のおしゃべりですぐ氷解した。
 「私ね、父さんの命令で、国立の医学部に行かなきゃならないんです」
 「家はお医者さんなの?」
 「はい」
 「じゃあ、別にお金あるんだから、適当な私立の医学部にでも入ればいいじゃない」
 他人ごとだから、俺は勝手なことを言った。
 「でも・・・」
 彼女によれば、父親は「私立の医学部は、開業医の子弟が多いから、もしおまえがそんなのに引っかかったら家を継ぐものがいなくなる」と言うのだそうである。
 だから、これから開業医を目指す確率の高い、国立大の学生に的を絞れと言うのだ。
 まったく勝手な言い分であるが、彼女は素直にそれを聞くつもりらしい。
 しかも、それができるだけの学力もあるのであろう。

 それから彼女は、いろんな話をした。
 電車がのろのろと発車し、出発から6時間がたち、辺りが暗くなってきても、話は止まらなかった。
 もう俺は、彼女の家族の生年月日から、親戚のおじさんの名前まで知っている。
 しかし、時に楽しそうに、時には涙ぐみながらの彼女の話は、聞いていて飽きなかった。
 ちょうど彼女の駅までの、中間点のあたりで、本当に電車は動かなくなった。
 出発からもう8時間が経過し、夜の9時である。
 外の雪はやんでいたが、明かりはなかった。
 俺は空腹を覚えた。
 「ちょっとコンビニでも探してくるよ」
 俺は言って、立ち上がった。
 すると、
 「私も行きます」
 と言って彼女もついてきた。
 片時も、ひとりになるのが嫌なようである。
 外へ出たが、その駅の回りにはコンビニすらなかった。
 彼女は、俺の腕にぶら下がりながら、よろよろと歩いている。
 もう開いている店もない。
 二人は10分ほどで、あきらめて帰ってきた。
 靴はびしょぬれになっていた。

 「お腹空いたね」
 席に戻り、俺が言うと、彼女は、
 「おうちにおみやげに買ってきた、芋羊羹とお菓子があります」
 と言って、鞄から出そうとした。
 「いいよ、とっときな。本当に飢え死にしそうになったら頼むから」
 そういって、俺は鞄を探った。
 そこには、昨日有希恵からもらった、誕生日のプレゼントがあった。
 小箱がつていたので、調べると、案の定チョコレートであった。
 「これを食べよう」
 俺は小箱を開けた。
 20個ほどのチョコレートの詰め合わせだった。

 「あ、これ知ってます」
 彼女は言った。
 「私の母がよく買ってくるんですよ・・・・高いんですよ、いいんですか?」
 俺はそんなことは知らないし、興味もないので、
 「いいよ、どうせひとりじゃ食べ切れないし、持って帰ったって、誰かにあげちゃうんだから・・・・」
 と言った。
 また話をしながら、チョコレートをゆっくり食べた。
 時々、目の前の高校生と、東京にいる彼女の面影がだぶって見えた。
 別に似ているわけではない。
 ただ、話の合間に、一瞬「くん」と鼻を鳴らす仕草だけが似ているのである。
 2月に会えなかったので、彼女は俺の誕生日のプレゼントと、バレンタインのチョコレートを一緒に俺に渡してよこしたのだ。
 それを俺は、可愛いこの高校生と食べている。
 彼女はきっと「良かったじゃない」と言うだろう。

 夜中の2時を過ぎて、電車はようやく走り出した。
 各駅停車しながら、やがて彼女の降りる駅に近づいてきた。
 「ガールフレンドに、お礼を言っておいてください」
 彼女は言った。
 「それ、時期は遅いけど、バレンタインのチョコレートでしょう?」
 「たぶんね」
 俺は答えた。
 「私の家、あそこです」
 結構立派な、内科の医院であった。
 「気を付けてね」
 俺は言った。
 たぶん、二度と会うことはないだろう。
 俺は自分のことを何も話していない。
 そんな気遣いも、彼女には似合わない。
 きっとこれからも天真爛漫に生きてゆくのだろう。
 「気を付けてね」
 俺は、繰り返し言った。
 いろんな意味を込めたつもりだった。
 俺のような見ず知らずの男に、簡単に心を許すようなことは慎むように・・・などと・・・・
 「私、わかるんです」
 最後に彼女は言った。
 「私、誰にでもこんな風にするんじゃないですよ」
 一瞬、俺はどきりとした。
 心の中を見られたような気がしたのである。
 「私、一目で自分に親切にしてくれそうな人がわかるんです」
 彼女は言った。


 元気に手を振って、彼女が改札口に消えると、俺は数年前のサザンの歌を、唐突に思い出した。
 有希恵を、ホテルから駅まで送っていった、夕べのことをが頭に浮かんでいた。
 またしばらく会えない。
 部屋だけでは足りず、電車の中で肩を寄せ合い、ホームの陰で抱きしめあい、明日の約束をして分かれた。
 昨日の彼女の表情や仕草の、ひとつひとつが、全身の感触とともに思い出された。
 すべてを覆う雪が、俺の現実感を失わせていたのかもしれない。
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