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東京/桑田佳祐
2008/07/13(Sun)
 彼女と逢うときはいつも雨だった。
 たぶん、晴れた日もあったとは思うが、記憶にはない。
 その日俺は、履き古した下駄を履き、番傘をさして待ち合わせの場所に行った。
 ウケねらいであったが、雨が強すぎて、本当に濡れ鼠状態になってしまった。
 ただのうす汚い、アナクロ男だ。
 紀子は、俺の姿を見ただけで眉をひそめ
 「なにその格好!」
 と言ったまま口をきかなくなってしまった。

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 つきあい始めて、わずか4回目のデートだ。
 若気の至りでは済まないだろう。
 紀子は、薄い花柄のワンピースに、レインブーツを履いていた。
 映画の予定もキャンセルだ。
 一緒に歩くのも嫌そうだった。
 そのとき、ゆっくりと近くのバス停に都バスが入ってきた。
 俺は行き先を確認すると、紀子の手をとり、駆けだした。
 そして、なにが起きたかわからずにとまどっている彼女をバスに押し込み、続いて乗った。
 この格好で行けるところは、ひとつしか知らない。

 バスを降りると、雨は小降りになっていた。
 もうすぐあがりそうな雲行きだ。
 「そういうこと・・・・・」
 周囲を確認すると、紀子はやっと口を開いてくれた。
 ここに着くまでずっと、外を見たまま、一言もしゃべらなかったのだ。
 彼女は俺に、女の意地悪の凄さを教えてくれた。
 胃が痛くなるような長い沈黙だった。
 男はとてもかなわない。
 「しかたない、つきあってあげるか」
 彼女は言って、笑顔になった。
 そう言う意地悪な女に限って、笑顔一発で男を空へ打ち上げる。

 「花やしき」のコースターに酔って、俺はベンチで風に当たっていた。
 ナメてかかったのが失敗だった。
 そもそも俺は、こういう乗り物は好きではない。
 「大丈夫?」
 紀子が顔をのぞき込んだ。
 「怖いなら、そう言ってくれればいいのに」
 「今度からそうするよ」
 彼女は微笑んだ。
 こんなとびっきりの笑顔を持つ女が、何でその笑顔を俺に向けているのだろう。
 俺は急に疑問に思い、聞いてみたくなった。
 「なあ、こんなやつと遊んでて、楽しいか?」
 紀子は、突然の質問に、別に驚いた様子もなく答えた。
 「私、男が困っている顔を見るのが好きなの。あなたの困っている顔って最高よ」

 「どぜう」で、蒲焼きを肴に一杯やって、外に出ると、また雨が降ってきた。
 番傘を開くと、紀子は自然に腕を絡めてきた。
 柿渋と油の匂いに顔をしかめたが、すぐ笑顔に戻った。
 「今日は悪くなかったよ、でも今度こんな格好してきたら、次はないからね」
 俺は、答えなかった。
 長くないことはわかっていた。
 俺の手に負える女じゃない。
 「どうしてそんな顔するの?」
 彼女は言った。
 不安におびえる顔だ。
 しかし、それも一瞬だった。
 手をほどき、彼女はバッグのベルトをしっかりつかむと夜の街へ駆けだした。
 雨のせいで、街中がキラキラと輝き、すぐに紀子は見えなくなった。
 俺は追わなかった。
 目に涙があふれていたせいもある。
 どこかホッとしている自分が情けなかったのだ。

 あのとき追っていれば・・・・・
 この曲を聴くたびに、俺は紀子の駆けていく後ろ姿を思い出す。
 しかし、彼女の笑顔を受け止める自信がついたのは、最近のことだ。
 もう、両手で足りないほどの年月が過ぎた。
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